光の源

こんにちは〜。
下のエントリ見たら、随分前向きな人みたいだなあ。
あれ、結構強がってたんだけど。言っちゃった^^テヘェ^^
だってさ、実際の気持ちとして、強がる→落ち込む→落ち込む→落ち込む→またちょっと強がる、みたいなサイクルだからさ。
文字にすることくらい、前向きでいたいじゃなーい☆なんてね。ウソとかそういうんじゃなくて、時々刻々揺れてるから。本当びっくりするくらいのサイクルで変わるんだぜ。ざわわ〜ざわわ〜・・・。
ふぅ・・・。








先日放送された光 一さんのドキュメンタリー見ました。
ワタシなどが何か言える資格もないのですが、ただただカツンヲタの戯言として聞き流していただければ。

番組の印象というか光 一さんの舞台裏(舞台は見たことがないので)を見た印象は、「背負っていながら放たれている」というものでした。
というのも、光 一さん、「今」に全力投球してらっしゃって。その瞬間って、本当の意味の「自由」を得られている瞬間だと思うんです。社会も組織も世間も何もかも関係なく、その瞬間だけは、自分の体「のみ」が物語を作る。逆に言えば、自分の体のみ「しか」物語を作れない、ということで、計り知れないほど大きなものを背負っていらっしゃるんだけど、でも、その背負っているものが、自由への動力に見えた、というか。
そして、今に集中しているせいで、客に対する依存が全く無い、その潔さ。清々しさ。
自分がやっていることに対して、全力で邪念が無いからこそ、客に対して下手な依存心を生まない。
一生懸命やってるからこれ位いいよね、的な甘えが、全く無い。
その孤高さに、心打たれずにはいられない。



あと、他のグループの事とかワタシは全然詳しくないので、とんちんかんなことを言っているかも知れませんが、あの番組を見ていて、あの事務所って、「芸」の部分に関しては、良くも悪くも自己裁量の部分が大きいんだなあ、とつくづく思いました。
努力して何かを見つけようとしないと、上(事務所)からは決して与えられない。見つけようとしている人だけが、何かを見つけられる。そんな印象を受けました。
それがスタッフのバックアップの少なさゆえなのか、組織的に育成し戦略的に売り出すというシステムを作っていないゆえなのか、自主性に任せているゆえなのかは分かりません。
ただ、このやり方って、凄く怖いなあ、と思いました。
だって、ルーティーンの仕事してても一応は過ごせちゃうわけでしょ。その中で、見つけた人と見つけられない人の差が出るんだろうなあ。とか。ひえぇ。
実は、このあたりの話、後々深く書けたらいいな、と思っているのですが、書けるか書けないかはまた別のお話^^